『CO2という利権(仮題)』(これは小説です。161105投稿)

  『CO2という利権』


 生徒たちに何気なく、
「もし選挙権があったらどこに入れる?」と聞くと、
 次の選挙では、
「自民党には入れない」という。
 意外に嫌われているのだなと思った。
 ついで本題である化学の授業で平衡の話――ルシャトリエの法則の説明である。たとえば圧力が上がったら圧力を下げるという化学平衡の原理(自然の摂理)。
 ぼくは、
「自然はやさしい」というたとえ話で語った。「多すぎれば減らす方向へ、熱すぎれば冷やす方向へと、化学平衡は進む」
 もちろん、化学平衡は人の営みではない。自然の働きである。
 なのでぼくは角度を変えて環境について話した。
「地球温暖化を理由にCO2を減らそうなんて関係ない」というぼくの主張である。
 火力発電はCO2を出すから地球温暖化の悪役として槍玉にあがっている。だからであろう、たいがいはじめてこの話を聞く生徒は意外な説を聞いたという顔をする。二度目のぼくの授業に来てくれている生徒はもう知っている、けれど今回次はどんな話の展開になるのかなって顔だ。
 いま多少CO2が増えているのは、地球が(あるいはもっと大きな力が働いているのかもしれないが)、少なくとも言えるのは、
「自然界が植物を増やそう増やそうという意志のあらわれである」
 世界を見れば、植物を人間があまりにも迫害して減らしているから、地球はバランスをとるためにいま必死になっているのである。たとえば必死になって植物を増やそうとしている。これはルシャトリエの法則と同じ、自然はやさしい、つまりルシャトリエの法則は自然のやさしさを化学平衡という中で語っている。
 懐疑的な生徒が言う、
「ルシャトリエの法則は人間の作ったものではないのですか?」
 ぼくは言う、
「人間も自然の一部、その営みは大自然の内にある。分かってくれただろうか?」
「はい」
「CO2が増えることは、温暖化が進むことではなく、植物を増やすことと考えればよいのだ」
 植物が増えれば涼しくなる。夏の木陰を思い浮かべてほしい。そして植物はCO2 を吸収して酸素を出し、動物たちに食料を提供してくれる。
「だからCO2が増えることは、自然のやさしさの表れ」というぼくの主張なのである。
 好意的な生徒は言う、
「CO2 が増えると植物がよろこぶんですよね」
 ぼくは言う、
「そのとおり。そういうこと」
 懐疑的な生徒は言う、
「気になったんですが。人間も自然の一部、その営みは大自然の内にあるということですが、地球温暖化を理由に(火力発電などで増える)CO2を減らそうとする人間の戦略も大自然の内にあるということではないんですか?」
「そのとおり」
「矛盾していませんか。そうだとすると、大自然はCO2を増やそうとするいっぽうで同時にCO2を減らそうとする。両方とも大自然の内のことです」
「たしかに両方とも大自然の内にある働きだ。そしてある意味一見矛盾している。でも後者の人間が(火力発電などで増える)CO2を減らそうとする戦略はさまざまな理由で失敗することになると仮定すればどうだろうか?」
 ある種のある特定の人間が利益を得るために、(火力発電などで増える)CO2を減らそうとしても、その基盤になっているお金(半ば強制的に庶民に課された)重税やサラリーマンの低賃金化や非正規雇用者の過酷な労働条件といった、命をないがしろにする経済がどこまで持続するだろうか。
 自然は命豊かな世界を望んでいる。けっして不毛の大地なんか望んでいないのだ。いっぽう人間社会は植物を減らして毎年地球を砂漠化している。
「――」
「地球温暖化白書(注)を目にしたことあるだろうか?」
 地球温暖化白書も言っている、
「世界の砂漠は毎年六万平方キロメートルものスピードで広がっています。このままいけば、地球上にある陸地すべてが砂漠となるでしょう」と。
「わかります?」とぼく。
砂漠というのは昼と夜の温度差がとても大きい。月も砂漠のようなものだから似ていて、いうならば寒暖の差がとても激しい。そうした過酷な気候はいまの人間社会の異常気象の行き着く果てといったところがある。
 好意的な生徒は言う、
「いやあ、植物はたしかにあると涼しいですもんね。砂漠化を防ぐには増やしたほうがいいでしょうし、地球があったかくなっているというんでしたら、温暖化を考えても、植物は増やしたほうがいいような気がします…」
「うん。CO2は温室効果ガスの一つではあるけれど、適度に地球が暖かくなることは、植物の成長にとってはプラスだとは考えられないだろうか?」
「温暖化も悪くはないということですか?」
「もちろん。CO2が増えることは地球が植物を増やして命豊かな大地を取り戻そうとする表れと考えられるからね。激烈さがなければ」
「激烈さ?」
「そう。逆にやさしいCO2がもたらす緑ゆたかな中での心地よさを想像したらどうだろう。現実の温暖化は、その語句、言葉のニュアンスからかい離し、砂漠が広がり命にかかわる不毛の世界をもたらす激烈なもので、これは苦悩である」
「そういうことですか」
「現にたとえばこのぼくたちの時代の種の絶滅速度は恐竜の絶滅していった時代を上回っている」
「――」
「君たちが『自民党にだけは入れない』というのは意外に健全で目が澄んでいるな」とぼくはつぶやく。
もっともどの政党を支持して未来を託すかと聞かれれば、それは別の次元の問題である。
 いま政府与党が原発を再稼動したり増やしたりすることは生でヨモギを食べること(注1)だし、化石燃料を使う火力発電所をCO2を理由に減らす必要はない。もともと化石燃料は地球に生きていた生き物たちだから、それを使ったからとて知れている。もしかしたらそれが燃えることは地球の中での循環で、必要なことかもしれない。悪いことではない。少なくとも放射能汚染物質を出すことよりも。環境にやさしい。化石燃料を使うレシプロエンジン車を温暖化の悪役として槍玉に挙げ、CO2を出さないからと燃料電池車を普及させようとすることも同じ。苦い思いをすることになるだろう。
 これはすなわちぼくがこの人間社会を憂えているがゆえに抱いている悲しみゆえに顕現する説教でもあるのだが。
 ぼくは言う、
「それでどうして自民党には入れない。何が理由?」
「え、悪いことばっかやってるから」
 どうやら原発の再稼動や秘密保護法とか、いろいろあるにはしても、全体的雰囲気的に許せないという、若者独特の直感――社会ずれした大人とは一線を画する感性なのだろう。そこには独裁政治みたいな自民党のやり方も原因としてあるのだろう。
 そこで、
「あれは一党独裁と同じ」とぼくは言った。「日本は民主主義なんだから、選挙ではひとつの党が大勝ちしそうな時は、あえてそのほかの党へ入れる勇気が必要だ、国会で民主主義の原理を保つためには」
 などとまあこれはぼくが常々感じていることなんだけれど、
「国民の知的レベルの向上が必要なのは前提としてあるのだけれど」と生徒たちに付け加えて述べておいた。
「さてところで燃料電池車はなぜだめなのか?――それは必要ないからだ」
それはH2Oを出してCO2を出さないからだめなのだ(注3)。植物の餌というか食べ物CO2が出ないから。それ以外の熱とか水とかはいっぱい出すのに。そして燃料の水素H2は化石燃料から作るから必要ないのだ。それに燃料電池車は一からの普及だから莫大な税金を使う。インフラ整備や補助金など。税金は広く浅く多くの低所得者から集める。だからいま安価な車があるのに、あえて高価な燃料電池車を普及させる必要はない。多くの善良な欲の少ない低所得者には不幸である。
 そもそもCO2なんて恐竜時代には地球の大気にもっとたくさんあった。もともと地球の大気中のCO2はN2(窒素)より多く、大気中でもっとも多い成分だった。それが今や0.03~0.04%程度まで減ってしまっている(注4)。
「いま人間社会は」とぼくは言う、「CO2が増えた増えたと騒ぎ立てるけれど、0.1%もない。歴史を振り返ればいまはほとんど『ゼロパーセント』――ほとんどないではないか?――人間社会はいまこれをさらに減らそうとやっきになってキャンペーンを張って税金を投入している」
 ぼくは生徒にたずねる、
「どう思う?」
 生徒は言う。
「おかしいです」
「君はどう思う?」
 別の生徒は言う、
「よくわからないです」
「よくわからない、そのとおり。この世にはよくわからないことが多い」とぼくは言う。
「君はどう思う?」
「原子力発電所って、福島の事故でもウランを燃やして放射能汚染する被害が大きいですから、火力発電所のCO2のほうが聞いているとよさそうな気がしますが――ただ百年二百年先となるとぼくも何がいいのか、やはりよくわかりません」
 また別の生徒も言った、
「ぼくも未来に託すべきだと思います。将来科学技術が進んで原子力や水素社会がクリーンで経済的にも当たり前になる可能性が否定できないと思います」
「それでいまのわたしたちの暮らしは?」
「……」
「よくわからない。それはやはりどこか何かがおかしいからだ」 とぼくは言う。「今日の行為が明日の姿という言葉もある。とりあえずいまぼくたちわたしたちの明日についてここでは話したいと思う」
 原発だって燃料電池車だって地球を暑くすることには違いない。人間はお金を使えば使うほど、エネルギーを熱に変えることになる。人間はお金を使うことがエネルギーを消費する行為であり、その結果から生じる環境破壊からは目をそむけて気づこうとしない。
 ぼくは言う、
「お金を使えば使うほど環境破壊は進む」
 生徒が言う、
「でも燃料電池車って水しか出さないから、インフラに初期投資でお金がかかっても十年二十年で普及してしまえばいいんじゃないですか?」
「未来の水素社会?」
「ええ。明るい水素社会。温暖化の防止にはなるんじゃないですか?」
「その温暖化というのは緑豊かな世界でのものではなく、たとえば都市砂漠でみられるような激烈なやつだね」
「ええまあそうです」
「水素社会がどれだけ普及するかあやしいんだけれど」とぼくは言う、「仮に水素社会が実現し燃料電池車が普及したとして、その水素はでも化石燃料、つまりガソリンや灯油から作るらしいよ(注5)」
「CO2を出すんですか?」
「そう」
 それからさらにぼくは言わなきゃならない、
「H2Oなら問題ない、自然に優しいと思われているけれど、H2OはCO2同様、ほら水蒸気、あれはだって立派な温暖化ガスだからね」
 これは高校の化学の教科書にも載っている(注6)。
 そう言うと、
「へえそうなんですか」ってみんな驚く。
 ぼくは言う。
「水蒸気が多いと熱がこもって暑くなるのだよ。逆に晴れた夜などは放射冷却で冷える。特に冬はぐっと冷え込む」
 生徒は言う、
「燃料電池車は水を出すんですか」
「もちろん」

    2H2 + O2 → 2H2O 
    
 車を走らせて出てくるH2Oは半端じゃない。トータルでは化石燃料を使ってCO2と熱とH2Oを出す。ぼくはこりゃあだめだって思った(注7)。もし莫大な税金を使って燃料電池車を普及させたら。
お金はエネルギーになる。エネルギーは熱になる。
「夏なんていま以上にもっと蒸し暑くなる。特に車の多い都市部では。しかも物凄い勢いで酸素を減らして……」
生徒は言う。
「不快指数うなぎのぼりですね?」
「人間はなぜそんなにヨモギを生で食べたがるのか」
「お金がほしいからですよ、先生」
「生でヨモギを食べて苦しんでまでお金儲けがしたいのはなぜだろうか?」
「お金で快楽を得るためですよ、先生」
「快楽。人間は快楽を得ようとするあまりそこまで愚かになれるのはなぜだろうか?」
 生徒は言う、
「ばかですね」
 いまの矛盾を抱えたGDP至上主義みたいな経済発展のために、税金を際限となく必要とし、庶民を苦しめ、借金を増やす。
「地球環境を悪くすることしかやらないみたいなことが、ぼく」と自分を指さし、「先生がまだ高校生のころから続いている。いつまで続くのだろうか」ぼくは言う、「無知の証明である」
 続けてぼくは言う、
「続け続ける限り人間のすることは植物を減らし減らすことになる。植物を減らし減らして命を削ることになる。人間が命を削るほど、自然はやさしさいっぱい命豊かな星を守ろうとする。命豊かな星を守るため、植物を増やそう増やそうと、CO2を増やしたり、頑張って暑くなったり。頑張って雨を降らしたり」
 生徒は言う、



(投稿して一週間全文を載せましたが、期限が来たので申し訳ありませんが、以下続きは本書を購入して読んでください)




◇◇◇  ◇◇◇◇  注  ◇◇◇◇  ◇◇◇
 



(注1) 地球温暖化白書
地球温暖化の原因や対策、影響、そして国の取り組みなどを記したもの。
(注2) 生でヨモギを食べること。
チェルノブイリには、苦いヨモギという意味もある。旧ソ連のウクライナにある原子力発電所の名前で、1896年に起きた事故はその被害の甚大さによって有名である。
(注3) CO2を出さないからだめなのだ。
 ここでは燃料である水素を製造する過程でのCO2の排出は議論していない。水素を燃料とする燃料電池車は、走る車が、道路を走る過程でCO2を出さないというだけのことである。
(注4) 0.03~0.04%程度まで減ってしまっている。
 現在の大気は水蒸気を除いた乾燥空気で、窒素80%、酸素20%である。
(注5) ガソリンや灯油から作るらしいよ。
つまりレシプロエンジン車よりクリーンといわれる水素の燃料電池ではあるけれど、化石燃料を原料にしているので、水素を作る過程のどこかでCO2を出している。
水素を作るには化石燃料を使う以外にもさまざまな方法が考案され、中にはCO2を抑えて作る方法もあるけれど、実験室レベルの話で、実用化できるものはいまのところはないといってよい。
(注6)高校の化学の教科書にも載っている。
正確には総合図説(あるいは図録化学などなど)という普通科クラスの化学の授業でよく使われる副読本みたいな図の多い大型本。
(注7)こりゃあだめだって思った。
例えばガソリンエンジン車と燃料電池車を比較したとき、直接ガソリンを使うガソリンエンジン車と、一度ガソリンから水素を作って、そのあと水素を使う燃料電池車とどちらの効率がよいか。スマートなのはどちらか。
また、仮にレシプロエンジン車がなくなって燃料電池車が普及すれば、燃料電池は猛烈に酸素O2を消費し、CO2が減って、結果植物が育ちにくくなることも加わって光合成による酸素O2が減って、おそらく車の集まる都市空間だけ不快指数が高くなる。都市だけひたすらいっそう蒸し暑くなる。
なお本文中にある、化学反応式、

    2H2 + O2 → 2H2O 
    
は、いわゆる水素を使った燃料電池で起きる化学反応の全体をひとまとめにした式である。 


(注付録)
 深刻な現実である。乾燥大気に限れば、温室効果ガスは、本作品中で主に取り上げられたCO2以外に、メタン、フロンなどさまざまな化学物質がある。
 それらの割合は、次にあげた気象庁のデータ(2010年)を参考にすれば、約65%が化石燃料由来のCO2である。人間が環境中に出すもので気になるのは、フロン類である。クーラーなどの冷媒として使われている。しかし約2%と少量ではあるけれど、地球温暖化係数(二酸化炭素を基準にして、ほかの温室効果ガスがどれだけ温暖化する能力があるか表した数字 )がCO2の4660~14800倍。すなわちCO2より深刻な地球温暖化ガスということができるであろう。
 さすがに人類はその削減に努力してきた。しかし温暖化防止のためにではなく、オゾン層の破壊を防ぐために。オゾン層の破壊は宇宙からの紫外線の脅威を地上にもたらすからである。だからこうなった。当初使われていたCFC(クロロフルオロカーボン )、その代替物質である、HCFC(ハイドロクロロフルオロカーボン)やHFC(ハイドロフルオロカーボン)も、なんと温室効果ガスで、その地球温暖化係数は77~14800倍(環境省IPCC4次レポート より)。
 温暖化係数が1倍のものが65%、温暖化係数が、(その値を小さく見積もって)仮に1000倍のものが2%だとして。さてどちらが地球温暖化に深刻な影響を与えているだろうか?




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